医療データサイエンスの国際的牽引役を担える人材の育成をめざした
「関西広域 医療データ人材育成拠点形成事業(KUEP-DHI)」は
京都大学に所属する教員が中心となり幅広い学びの機会を提供してきました。
2023年の事業完成年度以降は、KUEP-DHIで構築したスキルやノウハウを
京都大学大学院医学研究科附属医療DX教育研究センターへと引き継いでいきます。
主要運営メンバーに本邦の医療データサイエンスの発展に貢献する取り組みを聞きました。
医療データサイエンスの国際的牽引役を担える人材の育成をめざした
「関西広域 医療データ人材育成拠点形成事業(KUEP-DHI)」は
京都大学に所属する教員が中心となり幅広い学びの機会を提供してきました。
2023年の事業完成年度以降は、KUEP-DHIで構築したスキルやノウハウを
京都大学大学院医学研究科附属医療DX教育研究センターへと引き継いでいきます。
主要運営メンバーに本邦の医療データサイエンスの発展に貢献する取り組みを聞きました。
内閣府の作成した「次世代医療基盤法」に基づく教育構想がKUEP-DHIプロジェクトです。医療データを正しく安全に利活用することで、健康・医療に関する先端的研究開発や新しい産業の創出を促し、健康長寿社会の形成に役立てるため、その基盤づくりの中心的プレーヤーになる人材の育成を目的として、2019年にスタートしました。データを扱う際には、データが生まれるところから出ていくところまでの一連の流れを全部理解していないと誤った結果を導きかねません。KUEP-DHIでは、情報流の入口から出口までを体得できる周到な教育プログラムを提供しています。そして、この流れをさらに高めて、博士コースを設ける医療DX教育研究センターへとリレーしていきます。
KUEP-DHIは、2023年度をもって文部科学省の医療データ人材育成拠点事業としては終了しますが、教育プログラム自体はそのまま変わらずに継続します。プログラムをスタートさせた当初から念頭にあった「データの入口から出口までを理解し、正しく統制できる人材を育てる」という目的は、各期の学生の成長ぶりを見ても果たせたかなと自負しています。また、KUEP-DHIを通じて、体系的な学びのメソッドがまとまった教育パッケージを完成できたのは大きな成果といえるでしょう。これは今後さまざまにアレンジしたり、流用することが可能ですので、本邦の医療情報教育の裾野を拡げていくことにも資すると考えています。
KUEP-DHIには修士学生むけと社会人むけの2つのコースがありますが、いずれも医療データを正しく扱って、社会に還元するエンジンとなる仲間をたくさんつくることを目的としています。一方で、2024年度に開講予定の医療DX教育研究センターでは、みんなの先頭に立って道を拓き、切り拓いた道の進み方を示すことのできる人材の輩出をめざします。医療DXを掲げていますが、 DXには社会をどう変えていくかの発想力や俯瞰的な視野が求められます。その際に、現実に起こった問題に対処した経験は大きなパワーとなりますので、産業界や行政など現場の課題や問題と向き合っている方々にこそ参加していただきたい想いがあります。現場でのシーズやニーズを持ち寄っていただき、それに答えを出す作業過程自体を博士の研究とする。これまでの大学の学びの枠組みさえ超えていく、新しい医療情報教育を展開していきたいと思っています。
KUEP-DHIの魅力は、いずれのコースともに座学にとどまらず、豊富な実習や現場体験も交えた教育コンテンツを通じて医療データのリアルを学び、体感できる点にあります。机上の空論で終わらせず、実際的な学びを提供する方針は、2024年度から始まる医療DX教育研究センターにも引き継いでいきます。KUEP-DHIは医療データを正しく利活用できる人を育てる教育プログラムですが、発展させた医療DX教育研究センターでは、もっと広い視点からデジタル技術で医療現場をよりよくトランスフォームさせることのできる人を育成します。それにより、未着手の課題や問題を一緒に解決できればと思っています。
私は、医療とは関係のない情報の専門家です。そんな私の目から見ると、医療現場には DXで効率化できるところがたくさんあります。入院の際の誓約書や説明書には、いまだ紙媒体が使われていますが、DX化することで時間や資源の削減になるばかりか、誤って他の書類と紛れる、紛失するといった事故の防止にも繋がります。また、体温はIOTデバイスを使えば測定値をデジタルでアップロードでき、電子カルテに入力する必要もなくなります。現在、携帯を利用して患者さんがスマホ一つで予約できたり、呼び出しも位置情報サービスを使ってスマートに、診察終了後はそのまま帰れば勝手に決済ができる等の技術は実装されていますが、そうしたDX化の導入で医療現場の構造改革を加速させていきたいと考えています。
医療DX教育研究センターが始動すると、さらに、病院間の連携の際にどのように電子カルテを扱っていくのかといった課題にも着手することになるでしょう。
また、私の専門であるサイバーセキュリティをきちんと語れる人材を育成するのも目標のひとつです。2022年10月、大阪急性期•総合医療センターがサイバー攻撃を受けて一時診療を取りやめる事態が発生しました。日本の病院には、サイバーセキュリティの専門家が圧倒的に不足しています。医療DX教育研究センターが育成の拠点となって対応できる人材を育てるとともに、さらにワンランク上の「新しい病院をつくる際にこうしておけば安心」という情報ネットワークのセキュリティ設計までできる人材を輩出したい。今まで、どこも試みてこなかった取り組みですが、京大病院から発信していけたらと思っています。
KUEP-DHIでは、講義の運営やイベントの調整、全体のマネージメントなど事務局としてかかわってきました。積み上げてきたなかで、有用な教材や教育カリキュラムはしっかりと構築することができたと考えており、今後も修士コース、インテンシブコースともに変わらず高いクオリティのプログラムを提供できると自信を持っています。一方で、私自身は医療DX教育研究センターに移行することもあって、KUEP-DHIで得たナレッジや経験を引き継ぎ、新しいセンターではさらに発展させたいと考えています。博士コースをとられる方々とコラボレーションして、社会実装に貢献するプログラムの開発や運営に取り組むのが楽しみです。
私は医者ですので医療データはもちろん重視をしています。しかしながら、当然データサイエンスが医療のすべてではなく、また、デジタル技術はIOTやAIをはじめ、さまざまなものがあります。KUEP-DHIでは、時に学生のモチベーションの高さに驚かされることがありますが、そして、それは素晴らしいことですが、大学を卒業して社会の一員として働く際に、自分ひとりで世の中を動かしたり、変えるのは難しいことです。社会はみんなでつくっています。それを踏まえ、自前で考えるところの垣根を超えて、他の分野の人たちと連携・協働する姿勢は大切です。異なる領域の方々とお互いに刺激を与え合い、今はまだブレイクスルーが起きていない分野にも光を当てる人材がここから育つことを願っています。
他の分野の方々と連携・協働し世の中を変革していくためには、これまでにない新しい扉を開かなければなりません。必然的に、そこには法の整備も求められます。医療DX教育研究センターに医療情報や統計学のほかに、法学のプログラムが入っているゆえんはそこにあります。自分の領域以外を不可侵とするのではなく、他の分野の方々と交わることで相乗効果を生みながら、一緒の方向をめざして新しいものを形づくっていく。医療DX教育研究センターを、そうしたシナジー効果を生みだすプラットホームとして提供するのが我々の目的です。ここに持ち寄れば、人と人が結びついて新しい産業の新興につながったり、困っていることが解決する。そんな世の中を変革する土台づくりに、微力ながら私もお手伝いすることができたならこんなにうれしいことはありません。
医療データを取り扱うKUEP-DHIでは、医療系の学生と情報系の学生が同じ講義を受講します。世間から見れば同じ理系ですが、大きく異なるところにいる両者に同一の教育を実施するのは、知識レベルを調整する点がポイントになりました。しかしながら、新型コロナ感染症の影響でオンライン、オンデマンドという教育方法が普及したことによって、動画を止めつつ、調べつつ…という学習が可能になり、複合領域の難点をクリアできたのは幸いでした。この経験を糧にして、どんどんデジタル教材を制作しています。それを使えば、オンデマンドで学びたい人は自主的に学べます。KUEP-DHIの成果物として、今後も広めていきたいですね。
デジタル教材が充実してきているので、プロモーションの一環として、KUEP-DHIのオンライン体験会を定期的に実施しています。ほんの一部ですが、内容をかいつまんで気軽に学んでもらえたら…と機会を提供しています。参加者の中から、一人でも興味を持ってくれる人が出てきたら、医療情報教育の啓発にもつながるかと期待しています。また、デジタル化した教材は、連携の12校にも提供して役立てていただいています。パワーポイントもありますよ、加工もOKですよ、というように自由に使っていただいているのですが、これも教材のデジタル化の効用です。2023年度からは対面の授業が始まりますが、これまで培ったデジタルの良さと組み合わせて、ハイブリッドで実施していけたらと考えています。
医療情報教育を受けた学生が「学んだはいいけれど、これを活かしてどうなるのだろう?」と将来像を結べずに止まってしまっては、せっかくやってきたことにやりがいを見出せずに、そこで終わってしまうことになりかねません。やはり、出口を見せてあげることが大事だと思っています。その観点から、KUEP-DHIに協賛する企業さんにご協力をいただいて、学生との交流会を年に一度開催しています。その際に人事や営業の方ではなく、現場で働いている人とつながってもらうように準備すると、出口が見えて、学んでいることに輪郭が生まれます。「こういう勉強をしていると、こんなゴールがあるのかもしれない」。そう思えることがモチベーションになる。KUEP-DHIには、そんな出口が見える工夫も取り入れるようにしています。
私は腫瘍内科の医師であり、診療では主にがん患者さんを担当しています。しかし、人事交流にて2年間ほど厚生労働省に勤務した経験があり、KUEP-DHIでは医療情報法制学や制度関係の講義を主に受け持っています。医療費の仕組みも含めて、医療現場にはさまざまな法律がかかわっていますが、意外に医療者は法律に関して詳しくない面があります。KUEP-DHIの参加者には、医療系の学生と情報系の学生がいますが、どちらの学生も普段は法律の講義を受ける機会があまりないため、「今まで聴いたことがなかったけれどおもしろかった」とか「興味を持てた」と評価してくれる声を多く聞き、それは教えていてうれしく、やりがいになっています。
KUEP-DHIには2019年の立ち上げの時から関わらせていただいていますが、プログラムが始まってすぐにコロナ禍になりました。そのせいでリモートの授業が中心にならざるを得なかったのですが、オンライン、オンデマンドスタイルだと学生は録画を見て復習ができるので、結果として自分のペースで学べる授業設計ができたのは良かったのかなと振り返っています。ただ、今年は対面授業が復活するので、これまでにいただいた「こういうことを教えて欲しい」といったリクエストをいろいろと組み込みながら、担当する修士課程の授業をもっと洗練させていけたらなと思っています。年度ごとに学生のカラーに違いがあるのも教えていて楽しいですね。
以前厚生労働省で勤務していた際、私はデータ提供に関わる部署にいました。日本には医療に関するビッグデータが存在するものの、当時からそれらのデータを効率的に利用できる人材の育成が課題とされていました。それらの課題に対する一つのプロジェクトがKUEP-DHIだと思っていますし、参加できてよかったと感じていますが、まだまだ、人材不足の状況は続いていると思っています。今までは医療者が中心となって、医療データ分析は行われていたかもしれませんが、年々データが複雑かつ巨大化しており、一医療者だけの手には負えなくなっていると思います。一方で、医療データ分析にはある程度「医療がわかっている」ことが必要だと考えています。
今回の取り組みのように、情報学の専門家と医療の専門家、そして法律の専門家がチームを組めているのは他にはない強みだと思います。これからますます需要のある医療情報学を学びたい方にとっては絶好の学びの場ではないでしょうか。
私は、プログラミングを教える講義を担当しています。講義内容としては基礎的なものなのですが、学生には現場を経験している医療者の方が多く、そうした方々は「こういうことがやりたいので、こんな勉強をしたい」と明確な需要をお持ちです。それに応えるためには、現場の状況がわからないといけないので、医療者ではない自分が、たびたび病院の現場を見せてもらったのはいい経験になりました。ただ、病院はセキュリティの関係から厳しいルールが敷かれているため、「この機械は、この部署でしか使えない」などの取り決めが多く、普段は遠隔操作などに慣れ親しんでいる情報系の人間としては驚くことも多かったです。
KUEP-DHIの実習では、見本の架空データなどではなく、実際の医療データを使って薬学分析などを行っています。京都大学と京大病院が一体となっているので、実習においても京大病院のリアルデータが取り扱えるのが大きなメリットです。これを可能にするには、個人情報保護のためのさまざまなルールづくりが必要となりますが、これまでの4年間にその環境は整えてきました。さらに、テキストベースの教科書も、デジタルの整備も全部やり遂げてきました。このKUEP-DHIの知見と実績を、今後は医療DX教育研究センターに引き継いでいき、博士コースや研究者むけのコンテンツとして発展していくことが楽しみです。
医療DXがかなえるものって、「医療を届ける」ということだと思います。そして、それには2つのベクトルがあります。一つは、今まで治療をできなかった難病のような病気も治療できるようにする。それは医療者が研究を重ねることで解決に導く方向です。もう一つのベクトルは、行き届くべき医療が必要としている人に届いていないところにデジタル技術を活用して届ける。遠隔医療など、情報の力で解決できることはたくさんあります。ただし、それを実行できる人が日本には非常に少ないです。情報の専門家は情報しかしていなくて、医療者は医療にしか携わっていません。両方を統括して前へと推し進める人材がまだまだ足りません。KUEP-DHIや医療DX教育研究センターから、そんな「医療を届ける」頼もしい人材が出てくることを期待しています。